選抜準優勝の近江 21年前にも投手起用の「後悔」
第94回選抜高校野球大会は大阪桐蔭が春夏連覇した平成30年以来4年ぶり、4度目の優勝を果たして3月31日で幕を閉じた。大阪桐蔭はチームで本塁打を11本放ち、桑田真澄(元巨人)、清原和博(元オリックス)の「KKコンビ」を擁したPL学園(大阪)が昭和59年に記録した8本を更新するなど、記録的猛打で勝ち上がった。大阪桐蔭が記録に残るなら、記憶に残る試合を見せたのは準優勝の近江(滋賀)だ。
■「ミラクル近江」の快進撃
開幕前に新型コロナウイルス禍で辞退した京都国際に代わっての出場で、代替校として初、滋賀県勢としても初めての決勝進出の原動力となったのはエースで4番、主将の山田陽翔(はると)だ。1回戦から5試合連続で先発し、投球数は594。相手の西谷浩一監督に「魂の投球」と言わしめた姿は多くのファンの心に残った。
まさに「ミラクル近江」と呼べる戦いぶりだった。代替出場が決まった、わずか3日後の1回戦は長崎日大と対戦。九回に2点を追いつき、タイブレークに突入した十三回に山田の適時打などで4点を勝ち越して6-2で勝利。聖光学院(福島)との2回戦も7-2で逆転勝ち。準々決勝の金光大阪戦も6-1で快勝し、滋賀県勢で初めてベスト8の壁を破った。準決勝は延長十一回に大橋の3ランで浦和学院(埼玉)に5-2のサヨナラ勝ちをおさめた。
■大きかった代償
しかし、これら激闘の代償は大きかった。ここまでの全試合を一人で投げ抜いた山田は「7日間で500球」という球数制限のため、決勝では116球しか投げられない状況に。さらに準決勝の五回、左足に死球を受け、その後は足を引きずりながらのプレーを余儀なくされていたのだ。
注目された決勝の先発は、やはり山田。自ら志願しての登板は、本来の姿とはかけ離れたものだった。一、二回に1点ずつ奪われ、三回に松尾に2ランを打たれた直後に自ら降板の合図をベンチの多賀章仁監督に送った。「これ以上、チームに迷惑を掛けられない」。1回戦から594球で力尽きた。
大阪桐蔭の西谷監督は試合前、ブルペンで投球練習する山田を見て「変化球が多くなる。魂を持って投げる姿に負けないように戦ってくれ」とナインに伝えた。待球作戦や投手を揺さぶるセーフティーバントなどのそぶりは一切見せず、正々堂々と山田と対峙した大阪桐蔭打線の「横綱野球」も素晴らしかった。
■先発は「間違いだった」
1-18と大敗した後、多賀監督は「(山田の先発は)回避すべきだったと今、思っている。彼の将来をみたときに、間違いだった」と後悔し、声を落とした。苦渋の決断だったことは容易に見てとれた。ネット上でも賛否の声が渦巻いた。
近江が甲子園の決勝に進んだのは今回が2度目。前回は平成13年の夏。今回の「山田頼み」とは対照的に「三本の矢」といわれた3投手の継投で勝ち進んだ日大三(東京)との決勝を、多賀監督は後悔の思いで振り返ることが多い。
先発の竹内和也(元西武)は強打の相手を2失点に抑える好投を見せていたが、六回から島脇信也(元オリックス)を2番手に送り出す継投策に出た。しかし、これが裏目となり、七、八回に計3失点。結局、2-5で敗れた。
■指揮官の苦悩と葛藤
「三本の矢」のスタイルを貫き、悔いはないと思いきや、多賀監督は「継投しなければと自分で思い込んでいた。竹内を行けるところまで行かせるべきだった」と話す。「まさかの決勝進出」に、大差の試合を恐れる自らの弱気な部分が出たと今では思えるが「経験不足。選手に申し訳なかった」と当時を語る。
今回も山田の願いを受け入れてしまったという悔いを残した。勝利と選手の思い、そして大事な将来という、ともすれば相反する事柄に悩み苦しむ指揮官の苦悩を感じざるを得ない。
今大会の決勝が行われた3月31日、試合の時間帯は雨の予報だった。山田の状態を考えれば、せめて1日でも順延にならないかという願いもあったが、雨量は少なく、予定通りにプレーボール。近江の厳しい状況は変わらなかったが、21年前は逆だった。台風の影響で決勝が1日順延。当時は休養日はなく、もし予定通りだったら、日大三のエース近藤一樹(元ヤクルト)は4連投となっていた。1日の休養を得た近藤は2失点で完投勝利を飾った。
■相手をリスペクト
悲運のエースとなった山田。プレー以外の人間性にも注目が集まった。準決勝の浦和学院戦の一回2死二塁の先制のチャンスで、自らの打球を左翼手がファインプレーでアウトにした際、拍手を送ったのだ。チーム全体で閉会式で大阪桐蔭に拍手を送ったり、勝利の校歌斉唱の後、敗れた相手ベンチに一礼したりした。山田は「相手にリスペクトを表したいと思ってやっている」と説明した。中学からチームメートの津田基は山田について「普段はおちゃらけキャラなのに、野球になると人が変わる」と信頼を寄せる。
多賀監督は「強いチームには必ず名キャプテンがいた」と振り返る。21年前の主将は現在、チームを指導する小森博之コーチ。「三本の矢」をリードした捕手だ。多賀監督は「取材の受け答えが謙虚で、記者の方から人間性が素晴らしいと言われたのはうれしかった」と話す。多賀監督が4年夏、初めて甲子園にコマを進めたときの捕手、宝藤隼人も主将としてチームをまとめた。多賀監督は「あのチームがあったから、今でも指導ができている」。バッテリーを中心にした守りの野球というチームカラーの原点となっているという。山田もこの名主将の系譜に名を連ねているといえる。
■夏への宿題
試合の3日前に出場が決まった近江の短く、さまざまな出来事が凝縮された春は終わった。山田は「壁はまだまだ高いと感じた。また夏に戻ってきて、日本一を取れるように頑張りたい」、多賀監督は「夏に向け、山田に次ぐ投手を育てていきたい」と語った。大きな宿題を持ち帰り、夏を目指す。
かつては近畿最弱県といわれた滋賀県勢だが、昨夏も全国ベスト4入りした近江の昨今の戦いぶりは全国の強豪レベル。優勝旗が滋賀にやってくる日は近い。多賀監督は昨年末にこう語っていた。「山田がいるうちに勝っておきたい」
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