～名勝負列伝-【9】岩倉×PL学園～
<PL学園の「甲子園連勝記録」を20で止めた東京・岩倉>
1984年4月4日決勝 岩倉（東京）1－0 PL学園（大阪）
「高校野球に絶対は無い」という試合です。
今回も「名勝負列伝」です。前2回の高校野球あれこれでは桑田清原が勝利した名勝負をお伝えしましたが、今回はまさかの黒星を喫した試合です。
「高校野球史上、最強のチームは？」
ファンの間でしばしば論争になる永遠のテーマである。そしてこの論争の答えとして1、2を争う位置で必ず名前が挙がるのが桑田真澄＆清原和博（ともに元・読売など）の“KKコンビ”が甲子園を席巻した時のPL学園（大阪）である。だが、このKKコンビ時代のPL学園は一度も春の選抜で優勝することが出来なかった。1年生時の夏の甲子園で全国制覇を果たしたKKコンビが初めて春の選抜に乗り込んできたのが1984年第56回大会だった。もちろん優勝候補の最右翼。桑田は26イニングを投げて失点はわずかに1、打っても2ホーマーの活躍を見せている。清原はここ2試合快音が少ないものの、3本のホームランを放っている。その二人を支えるのが史上最高と言われる固い守備陣であり、4試合で35得点を叩き出している打線である。夏春連覇に向けて死角はない。はずだった。
そんな大会で“打倒・PL”を果たしたのがこの大会で春夏通じて甲子園初出場を果たした岩倉（東京）だった。前年秋の明治神宮大会を制しているだけに有力校の一つには数えられていたが、PLを倒すだけの戦力があるかと問われれば、その実力は未知数。まともに戦っても何点取られるか想像もつかないPL学園の打線に対して、チームメイトは「20安打10得点まではOK」という明るい冗談をエース山口に伝えたそうだが、それが冗談にならないほど凄まじい攻撃力を持ったPL学園である。しかし、そういった冗談が飛び出すほど岩倉高校もチームの雰囲気が良くて、これまで勝ち上がってきたのもPL学園には無い特殊な勢いという武器があった。エース・山口重幸（元・阪神など）を中心とした新チームが結成されて以来、公式戦では負け知らずで不気味な存在ではあった。
岩倉は初戦で広島県王者の近大福山（広島）と対戦、トップ打者である宮間豊智の活躍もあり、これを4‐2で退けると、続く金足農（秋田）戦は点の取り合いのすえ6‐4で振り切った。この試合、岩倉は守備陣が4失策を犯したばかりでなくエース・山口も乱調。それを5番打者の内田正行が救った。3ランホームランを放っただけでなく山口をリリーフして相手の反撃を絶ったのである。
準々決勝の相手は関東チャンピオンの取手二（茨城）。のびのび野球同士の対決。取手二はこの夏に全国制覇を果たすことになる強敵だった。案の定、試合は接戦となったが、岩倉は2‐3と1点を追う8回表に5番・内田と6番・岩佐智の連続タイムリーで逆転に成功。そのまま4‐3で逃げ切った。翌日の新聞の見出しは「岩倉特急、取手二通過」。準決勝の東北チャンピオンの大船渡（岩手）戦は1‐1で迎えた9回裏に2番・菅沢剛が左翼ポール際へサヨナラ本塁打。毎試合のようにヒーローが代わる文字通りの全員野球でPLの待つ決勝戦へと進出したのである。
迎えた決勝戦の前評判は圧倒的にPL学園有利。当然、大量得点差で勝利するものと思われていたが、試合は意外な展開に。後に分かることだが王者PL学園は前夜、岩倉高校の研究をしていたことに対し、岩倉は宿舎でトランプをする等、非常にリラックスした状態であったという。余談だが翌年の春にPL学園を倒した伊野商も前夜にトランプをしていたという。PL学園は世間の印象、及びその実績と誇りから負けられないという責任感を強く感じていたことは言うまでもないだろう。
霧雨の中で始まった1回の表、PL学園はツーアウトから3番鈴木が強烈な打球をセカンドに放ち、これがセンター前ヒットになる。4番の清原を迎え、早くも気の抜けない山口はパームボールを駆使して2ストライクに追い込み、最後はカーブで見事に三振に抑えた。何せ1番から9番まで何処からでも1発が飛び出す打線なだけに真剣の上を歩くような緊張感の連続を味わう山口投手であった。その裏、痛めている指の状態が懸念された桑田の立ち上がりは、1番宮間、2番菅沢といったうるさいコンビを素晴らしい落差のカーブで連続三振に斬った。これはやはり点を取ることが非常に難しいと感じる素晴らしい桑田投手であった。2回の裏、岩倉高校はワンアウトから5番内田がセンター前ヒットで出塁すると、続く6番岩佐がヒットエンドランを決めてランナー1、3塁のチャンスを作る。今日の桑田の出来からしてこのチャンスをものにしたい岩倉であったが、7番武島のスクイズを桑田が見抜いてダブルプレーに仕留めた。岩倉としては痛いイニングとなったが、山口投手も好投を続けて試合は投手戦となった。変化球中心のピッチングで的を絞らせない山口投手、特に要所で決まるパームボールが抜群であった。強打のPL打線も凡打の山で、なかなかチャンスを見出だせない。一方の桑田投手は伸びのあるストレートと、落差の激しいカーブがコントロール抜群で三振の山を築いていく。7回の表、PLは初回に強烈なヒットを放っている3番鈴木から。慎重になった山口はフォアボールを与えてしまい、ノーアウトのランナーを背負う。ここで4番清原は送りバントを上手く決める。ワンアウトランナー2塁とPLはチャンスを広げたが、4番の清原がバントするくらいPLは焦っていると感じた山口投手は逆にリラックスし、5番桑田、6番清水哲を外野フライに打ち取った。
PLのエース・桑田のピッチングは快調であった。速球はもちろん独特の大きなカーブが冴え、7回を終わって岩倉打線は13三振を奪われた。だが、岩倉の山口も踏ん張る。パームボールを中心とした変化球を低めに集め、PLの攻撃陣を手玉に取る。8回表を終わって打たれたヒットはわずか1本という快投だった。そしてこの山口の好投に打撃陣がようやく応えた。8回の裏、岩倉は先頭の7番武島がライト戦にツーベースを放つ。続く8番蓮場は強攻に出たがライトフライに倒れ、9番浅見は桑田にこの日14個目となる三振に斬られた。ツーアウトとなり、トップの宮間に望みを託したがフォアボール。続く2番菅沢は準決勝のラッキーボーイ。構わず強気に勝負に出た1－1からの3球目、高目に入ったカーブを菅沢は強振、打球はライト前ヒットとなってセカンドランナー武島がホームインした。打球が右中間に飛んだ事で、バックホームが遅れた事が岩倉にとって幸運であった。PLは最終回、1番からの好打順であったが焦りから簡単にツーアウト。ここでこの試合唯一ヒットを放っている3番鈴木は山口のストレートを改心の一撃。打球はセンターにグングン伸びていき、アナウンサーも「大きい、大きい！」と絶叫したがバックスクリーン手前で振り返った岩佐のグローブに白球はすっぽりと収まった。ここに1－0での岩倉の初出場初優勝が決まり、PLの夏春連覇の夢は砕かれた。岩倉が大金星を挙げると同時に、1981年の春の選抜から続けてきたPLの甲子園での連勝記録を「20」で止めたのだった。かつてPL学園の主力選手だった人の本を読んだことがあるが、岩倉は「10回戦えば9回は勝てる相手」「甲子園の1～2回戦で当たっていたら圧勝していた相手」と語っていた。岩倉が勝ち上がって勢いづき、ここまで来たら負けてもともとというプラス思考で戦った結果が「10回のうちの1回の敗戦」、それが甲子園の決勝だったのだ。
まさに岩倉にとっては奇跡の勝利。PL打線に山口投手は1安打完封という一世一代とも言えるピッチングを披露した。桑田投手がいくら奪三振を奪っても1番冷静だったのはエース山口投手だったのかもしれない。
「高校野球に絶対は無い」という典型的な好ゲームだった。
個人的見解だが、この年の岩倉、取手二、翌年選抜準Vの帝京の3チームはとても個性的な選手が多くて、大舞台でもプレッシャーを感じることなく、常にのびのび野球を展開していて、岩倉、取手二はPL学園相手でも全く臆することなく逆に対戦できることを楽しんでいるようにさえ思えた。他の高校が桑田清原という名前に名前負けして自滅していく高校もある中で勝ち切ったのは監督の采配はもちろんであるが、個性をいかしたのびのび野球が普段の実力以上のものを発揮させたことが大きいと思う。
本日は以上です。
紹介するのは1987年、PL学園が最後に優勝した年の控えのショートで、夏の決勝戦では先発出場した宮本慎也氏の「洞察力――弱者が強者に勝つ70の極意」です。
「相手を知り、自分を知ることで勝利をひきよせる」――本書は著者が前記をテーマに週刊ダイヤモンド誌上において128回にわたって連載して、ビジネスマンを中心に大好評を博したコラムから77本を抜粋し、再構成し、連載時に書けなかったことや最新情報などを加筆したものです。
・アテネ、北京の2度の五輪で野球チームのキャプテンを務めた。
・PL学園→同志社大学→プリンスホテルという、アマチュア界のトップにも所属。
・2000本安打達成、ゴールデングラブ賞10回受賞の超一流の実績。
このよう超一流の実績とリーダーシップを兼ね備えた「球界のキャプテン」と称される著者でしか書けない、野球を通じて得た勝負の世界で勝つためのポイントを77の話として披露しています。
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モニターインタビューの記事詳細はこちら！
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