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高校野球あれこれ 第109号

今を輝くプロ野球選手たちの高校時代【DeNA編】 センバツ優勝左腕と、大学で開花した2人の投手

 

2007年春の主役となった常葉菊川の田中。大阪桐蔭の中田との戦いも制した 

 第105回目を数える夏の甲子園大会へ向けて、高校球児たちがすでに熱い戦いを繰り広げている。今回は彼らの「先輩」であるプロ選手たちの高校時代にスポットライトを当てる。
 セ・パ12球団別に選手3名ずつをピックアップし、甲子園での活躍を振り返りたい。今回はDeNA編だ。今をときめくスター選手の高校時代を振り返るとともに、ぜひ先輩たちの後を追いかける高校球児の活躍もチェックしてほしい。

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田中健二朗常葉菊川(静岡)

 切れのあるボールでDeNAブルペンを支えるリリーフ左腕は、2007年春のセンバツ大会で旋風を巻き起こし、優勝旗を持ち帰った常葉菊川(現・常葉大菊川)のエースだった。

 初戦でいきなり大会No.1投手と言われた佐藤由規(元ヤクルトほか)を擁する仙台育英と対戦して2対1で下すと、続く2回戦で快投を演じる。熊代聖人(元西武)を擁した今治西(愛媛)を相手に、初回の三者連続三振の立ち上がりから球速130キロ台ながらキレのあるストレートと抜群の制球で投げ込み、毎回の17奪三振での完封劇を披露したのだ。

 さらに、準々決勝の大阪桐蔭(大阪)戦では、大会No.1スラッガー中田翔(現巨人)を1四球のみの3打数無安打に抑えた上で、エースでもあった中田との投げ合いを制して2対1で勝利。準決勝では藤村大介(元巨人)がいた熊本工(熊本)に4回4失点と疲れが見えたが、チームが土壇場の9回表に3点を奪って6対4の逆転勝利を収めると、大垣日大(岐阜)との決勝戦では2回途中からマウンドに上がって7回1/3を1失点に抑える好投で優勝投手となった。

 続く夏も甲子園に戻ってきた田中は、準々決勝で春の再戦となった大垣日大(岐阜)を相手に9回4安打1失点の完投勝利を挙げる。続く準決勝でも広陵(広島)を相手に7回2失点と好投したが、野村祐輔(現広島)と小林誠司(現巨人)のバッテリーに打線が7回まで無失点に抑え込まれ、土壇場の反撃も届かず3対4で敗れて春夏連覇の夢は潰えた。

 常葉菊川は、翌2008年もエース左腕の戸狩聡希、華麗なセカンド守備で沸かせた町田友潤などを擁して春夏連続甲子園に出場し、夏は準優勝。そして今年の春、10年ぶりにセンバツ大会に出場を果たして話題を集めた。果たして夏も聖地に戻ってくることができるのか。静岡大会の2回戦、7月16日に初戦を迎える。

入江大生:作新学院(栃木)

 勝利の方程式の一角として働く大卒ドラフト1位右腕も、甲子園優勝経験を持つ。1年秋からベンチ入りし、3年生となって迎えた2016年夏に全国制覇を成し遂げた。

 だが、尽誠学園(香川)を3対0、花咲徳栄(埼玉)を6対2、木更津総合(千葉)を3対1、明徳義塾(高知)を10対2、そして決勝で北海(北海道)を7対1で下して頂点に立った中、入江が登板したのは明徳義塾戦の9回からリリーフ登板した1イニングのみ。エースの今井達也(現西武)が大会を通して快投を演じたことで、一時は背番号1を背負ったことのあった「投手・入江」の出番は少なかった。

 その代わりに「野手・入江」として大活躍した。尽誠学園戦でソロ、花咲徳栄戦で2ランを放つと、木更津総合戦では早川隆久(現楽天)のストレートを左中間席に叩き込み、3試合連続アーチを放って見せた。大会後に選ばれたU-18侍ジャパンでもレフト兼指名打者として出場して打棒を発揮しており、当時の入江は「打者」の評価の方が高かった。

 投手にこだわったのは入江本人だった。明治大進学後に投手に専念し、4年時にはエースとなり、ドラフト1位でプロ入りを果たした。だが、作新学院時代を知るファンからは「打者・入江」の姿をプロ舞台でも見たいところ。あるいは「二刀流」への期待もある。現時点では、先発を務めていた2021年に6打席立ち、3打数無安打3四球で、プロ初安打は生まれていない。

 今年の作新学院は強力打線が魅力で、春夏連続の甲子園出場を目指している。昨夏の甲子園に出場した国学院栃木や、投手の層が厚い文星芸大付、さらに今春の甲子園21世紀枠で出場した石橋なども虎視眈々。決勝は現時点で7月25日に行われる予定となっている。

山﨑康晃:帝京(東東京)

 横浜スタジアムのボルテージを最高潮にさせる「ヤスアキジャンプ」とともに相手をねじ伏せる「小さな大魔神」は、高校時代に2度(2009年夏、2010年春)、甲子園のマウンドに上った。

 ベンチ入りしたのは2年春から。当時からリリーフ投手として働いた中、2年夏の甲子園で準々決勝・県岐阜商(岐阜)戦で3番手として登板し、3回を2安打無失点の力投を披露した。続く3年春は、その年の甲子園で春夏連覇を果たすことになる興南(沖縄)と対戦した準々決勝で、2番手として登板した。だが、自身は2回1/3を2安打無失点に抑えるも、チームは島袋洋奨(元ソフトバンク)の前に5安打無失点に抑え込まれて0対5で敗れた。

 その登板成績を見ても分かるように、高校時代の山﨑は傑出した存在ではなかった。甲子園の大舞台で147キロを計測するなど気持ちの強さは垣間見せていたが、あくまで「140キロカルテット」と呼ばれた中の1人であり、その中で最も注目されていたのは1学年下で1年生時から“スーパー1年生”と騒がれていた伊藤拓郎(元DeNA)だった。伊藤の不振もあって3年夏はエース番号を背負ったが、都の5回戦で国士館相手に3回4失点KO。チームも6対14の7回コールド負けを喫して涙を飲んだ。

 高校3年時にプロ志望届を提出するも指名漏れとなった山﨑だったが、亜細亜大学で才能が一気に開花し、大学代表でも守護神に君臨するなど十分な実績を残してドラフト1位でプロ入り。1年目から新人最多の37セーブを挙げると、昨年8月には史上8人目にして最年少での通算200セーブを達成した。

 山﨑が甲子園に出た頃の帝京には、1学年上に原口文仁(現阪神)、1学年下には松本剛(現日本ハム)がいた。今年のチームも評判が高く、エース右腕の高橋蒼人(3年)に加えて西崎桔平(2年)、稲垣渉(3年)とタレントも揃っている。東京都大会で秋ベスト4、春優勝から2011年以来の聖地行きなるかに注目が集まっている。