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高校野球あれこれ 第140号

「指名してくれたチームに恩返しする気持ちを持ち続けろ」“球団から必要とされる選手”に育つ花咲徳栄・岩井隆監督の教えとは

 

 花咲徳栄高校は、2015年埼玉西武4位の愛斗から昨年の藤田大清(日本ハム育成ドラフト1位)まで、8年連続でドラフト指名選手を輩出しており、今年は9年連続の記録がかかっていた。

 

ただ、注目すべきはドラフト指名の連続記録だけではない。この間に指名を受けた9選手のうち8選手が今季、1軍の試合に出場しているのだ。2、3年もすれば戦力外になってしまう選手も少なくない中で、花咲徳栄の選手はなぜ「1軍に必要とされる選手」になれるのか。

 

 前編記事『花咲徳栄「9年連続ドラフト指名」なるか…? 「最低でも10年は1軍にいてほしい」岩井隆監督が選手に問う<プロへの覚悟>』より、岩井監督がずっと取り組み続けている教えを伺った。

 

「プロはすべてを見ている」

岩井監督が口酸っぱく言うのが、野球に取り組む姿勢だ。

 

 「スカウトはそこを一番、重視してますからね。いつ見ても、手を抜かないで、コンスタントに全力でやっているか、と。凡打の時に走るスピードを緩めるようでは、プロを目指す資格はないと思います。

 

 1塁到達タイムも毎回、スカウトの方は計っているんですから。プレーだけではなく、試合前のアップも、ノックも全て見ています。いつも全力を尽くすのは当たり前のことですが、継続するのは容易くありません。

 

 でも、高校でそれができないようでは、プロで1シーズン、143試合を戦い抜くことはできないでしょう。それにプロになれば、お金を払ったお客さんが見ています。たまたま観戦した試合で、ほんの少しでも緩んだプレーを目にしたら、どう感じるか…そういう話もしますね」(岩井監督、以下「 」内は同)

 

 最終的には「自立」をしてほしいと考えている。これはプロを目指している選手に限らず、全部員に望んでいることだが、「高卒」でプロ野球に「就職」する選手には、より早い自立を求めている。監督に言われたからやるような選手は、到底、プロでは通用しない。プロは「部活」ではないからだ。早く自立することは、プロの第一線で早く活躍することにもつながる。

 

選手の「自立」が試されるのは新人合同自主トレ初日

 選手が自立しているかどうか、最初の試金石になるのが、スカウトを含めた大勢の球団関係者が見守るなかで行われる、新人合同自主トレの1日目だ。動きを見れば、ここまでどんな取り組みをしてきたか、すぐにわかってしまう。

 

 なかにはトレーニングについていけない選手もいるが、花咲徳栄の選手は悠々とこなす。高校野球引退後から、ドラフト指名後も浮かれることなく、プロを見据えてトレーニングを続けてきたからだ。これは代々の先輩の姿から引き継がれてきた花咲徳栄の「伝統」でもある。

 

 「万全な状態で新人合同自主トレに臨むのは、むろん自分のためですが、担当してくれたスカウトのためでもあります。大会だけでなく、学校のグラウンドまで足を運び。思いを持って採った選手が、初日についていけなかったら、どう感じるか。中途半端な気持ちでプロ初日を迎えてはいけないと思います」

 

プロ野球の球団は「組織」

 岩井監督はこんなエピソードを披露してくれた。

 

 「中日の清水は初日を終えると、トレーナーさんに『こういうトレーニングをしたいのですが、どんなメニューがありますか? 』と、質問したそうです。担当スカウトの方は『そんな新人は初めてだと、球団関係者も驚いてました』と伝えてくれたんですが、それを聞いた時は嬉しかったですね。試合でヒーローになったという一報よりも嬉しかったです」

 

 スカウトの間からは「花咲徳栄の選手は安心して指名できる」という声がよく聞かれるという。選手が自立していることも「8年連続」の1つの要因なのだろう。

 

 プロ野球チームは個人事業主の集まりである。ほとんどの選手が1年契約で、結果を残さなければ、翌シーズンの契約は結ばれない。ただ、岩井監督は、いろいろな球団のスカウトと接するなかで、プロ野球の球団は組織色が濃い、という認識に至ったという。

 

 「実力の世界ではあるものの、日頃の行動や発言、チーム内の人間関係をしっかりチェックしているんです。そういうなかで、長く野球をしたい、長く同じ球団にいたいのなら、野球だけでダメなんです。指名された時には、成績が上がっても、いまのこの感動を、感謝の気持ちを忘れるな、と伝えます。指名してくれたチームに恩返しする気持ちでやること、それが長くやるためのベースになるからです」

 

 岩井監督は、球団が組織だからこそ、流されてはいけない、とクギも刺している。

 

選手ではなく「人材」を育てる

「チーム内に○○派というのがあっても、そこには属するな、と言い聞かせます。もし○○派のトップがいなくなったら、どうなるか…自分の居場所がなくなりかねません。誰かに付いていくことに活路を見い出すのではなく、ぶれずに目の前のことを一生懸命にやりなさい、と。必ず見てくれている人がいますからね」

 

 もちろん、教え子のプロでの活躍を願っている。手塩にかけてプロへ送り出した選手はみんな、成功してほしい。ただし、勝負の世界では、いい時ばかりではない。大事なのはむしろ良くない時で、人は良くない状況になった時こそ真価が問われる。

 

 「そこですね。たとえ2軍に落ちてもふてくさらずにやっていれば、チームに好影響を与えます。すると、選手から『人材』になっていくんです。人材になれば、球団からも認められ、長く野球をすることができます。教え子がプロで人材になってくれたら、それこそ指導者冥利に尽きますね」

 

 岩井監督は続ける。

 

「プロを選んでよかった」そう思ってもらえるように

 「オリックスの若月がまさにそうですね。最優秀バッテリー賞を2回、受賞していますが(2021と2022。投手はいずれも山本由伸)、球団から評価されているのは、投手を勝たせたい、という献身的な姿勢であり、強い体であり、我慢強さだと聞いています。入団後の10年で、1軍で749試合に出場しているのも、人材として認めてもらっているからだと思います」

 

 今年は「9年連続」がかかる。花咲徳栄からは高橋一英投手と、小野勝利内野手の2人の3年生がプロ志望届を提出している。

 

 ドラフトはある意味、1つのお祭りだ。指名されれば、お祝いムード一色になる。プロを目指してきた者にとっては大きな区切りになるが、決してそれがゴールではない。

 

 大学に進んで安定した仕事に就くという別の人生もあったなか、プロ野球選手を選んだ。それが、本人にとっても、球団にとっても良かったと思えますように…岩井監督は教え子が指名されるたびに、名前を呼ばれた選手と握手をしながら、そう念じるという。