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高校野球あれこれ 第80号

センバツ出場校「もやもや選考基準」が続く不可解 選考ガイドラインは導入されてもいまだ不透明

 

今号で記念すべき100回目。そろそろ選抜高校野球の出場校が決まります。高校野球では秋季地区大会で好成績を残した高校は今春のセンバツ高校野球(春の甲子園)への出場が有望視される。しかし「確定」したわけではない。

 

第94回選抜高等学校野球大会」の選考で、昨年の秋季東海大会で準優勝した神奈川県の聖隷クリストファー高が選出されず、同大会ベスト4の岐阜県大垣日大高が選出されて物議をかもした。現地では署名運動も起こり、有識者からも異論を唱える声が続出した。さらには国会でもこの問題が取り上げられた。

 

選考ガイドラインで何が変わったのか

 

 これを受けて主催者の日本高野連毎日新聞社は、「センバツ改革検討委員会」を立ち上げ、7月に「選抜高校野球大会選考ガイドライン」を発表した。

 

 大要は以下のとおり。

 

1 秋季大会の試合結果と試合内容を、同程度の割合で総合的に評価する。

2 試合内容については、技術面だけでなく、野球に取り組む姿勢なども評価対象とする。

3 複数の学校の評価が並んだ場合、できるだけ多くの地域から出場できるよう考慮する。

 

4 府県大会の結果は参考にするが、選考委員が視察する地区大会の内容を優先する。

 従来の選考基準は、

 

1 大会開催年度高校野球大会参加者資格規定に適合していること。

2 日本学生野球憲章の精神に違反しないもの。

3 校風、品位、技能とも高校野球にふさわしいもの。

4 技能については実力などを勘案するが、勝敗のみにこだわらずその試合内容などを参考とする。

5 本大会はあくまで予選をもたないことを特色とする。従って秋の地区大会は一つの参考資料であって本大会の予選ではない。

 

 というものだったから、少しは具体化したような印象もあるが、選考委員の「主観」に多くをゆだねる選考の姿勢はほとんど変わっていない。

 

 野球ファンからは「秋季大会を春の甲子園の予選にすれば、こんな問題は起こらないはずだ。なぜこんな持って回った仕組みにしているのだ」といった声が聞こえてくる。

 

 なぜ秋季大会を「春の予選」にしないのか? 

 

 秋季大会は、選抜大会とは主催者が異なっている。夏の場合、選手権大会は地方大会の段階から各県高野連朝日新聞社が主催している。地方大会の球場には、甲子園と同様、朝日新聞の旗がはためいている。地方大会と夏の甲子園=全国大会は、あくまで別の大会ではあるが、地方大会を勝ち抜いた高校が甲子園に行くという「予選・本大会」の関係が確立されている。

 

しかし秋季大会の主催者は、選抜大会の主催者である日本高野連毎日新聞社(後援、朝日新聞社)とは限らない。各県、各地方の大会の主催者、後援者はバラバラだ。神奈川県大会の場合、主催は神奈川県高野連、後援は神奈川新聞社だ。各県大会は地方新聞社やテレビ局が後援することが多いが、その運営は都道府県や地方によって異なっている。一貫性のある「予選・本大会」ではないのだ。

 

センバツ高校野球が誕生した経緯

 

 そもそもセンバツ高校野球=「春の甲子園は、「夏の甲子園のアンチテーゼ」として誕生し「予選を持たないこと」が最大の特色だった。1915年に始まった大阪朝日新聞社主催の「夏の甲子園」は全国的な人気を博するようになったが、それ以前に各地方の野球をリードしてきた名門の旧制中等学校は、私学や商業学校に押されて全国大会に出場できなくなった。

 

 そうしたエリート校から「野球が強いだけの学校が出場するのはけしからん」という声が上がって、1924年大阪毎日新聞社が主催して選抜中等学校野球大会が創設された。翌年には夏の大会と同様、甲子園球場を使うことになる。「朝日」「毎日」の新聞部数拡販競争が背景にあったのは言うまでもない。以後、春の甲子園は「夏とは違う理念」で運営されてきた。出場校は「野球」だけでなく「勉学」「品行」なども加味して選抜された。

 

 終戦後、甲子園はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収されたが、甲子園大会を再開するために交渉した野球関係者は「なぜ、全国大会が2つもあるのか? 1つでいいのではないか?」とGHQ将校に問われて「夏は野球の実力だけ、春は野球だけでなく選手の品格や行動も含めて総合的に選んでいる」と答えて承認を得た。

 

 以後も「春の甲子園」は、「夏」とは異なり、予選を持たない大会として存続してきた。最終的には選考委員の判断で出場校が決められるのだ。

 

 2001年から「21世紀枠」として地域で奉仕活動をしているとか、学校の成績が良いとか、少ない人数で頑張っているとか、野球以外の「徳目」で選ばれる制度が設けられたのも「夏とは異なる独自性」を強調するためではあろう。

 

 しかし、その結果として今春の聖隷クリストファー高のように「秋季大会」で好成績を残しても選ばれない学校が生まれる。

 

 選考委員は「試合内容などを総合的に判断して」大垣日大を選んだとしているが、うがった見方をすれば聖隷クリストファーは「校風、品位、技能」で、大垣日大に劣っていたのか、ということにもなりかねない。

 

新基準「野球に取り組む姿勢なども評価対象」

 

 新基準では「試合内容については、技術面だけでなく、野球に取り組む姿勢なども評価対象とする」となっているが、「負け方」がポイントだと考えている高校野球指導者は多い。同じ負けるにしても「試合を投げたような負け方」で大敗するのは、心証が悪い。接戦で負けるか、せめてコールド負けは避けたいと思うようになっている。

 

 それ自体はおかしくないが、スポーツではときとして実力以上に大敗することもある。本来ならば選ばれるべきレベルを有し、選ばれるべき順位まで勝ち進みながら、たった1試合の「大敗」で、「甲子園に出場するのはふさわしくない」と決めつけられるのは理不尽だと感じる指導者は少なからずいる。

 

 また「21世紀枠」にしても、その選出方法は不透明だ。昨年の選抜大会に出場した静岡県立三島南高校は、幼稚園、保育所などに出向いて「野球教室」を地道に続けたことが評価された。三島南高校の稲木恵介監督は今季から富士高校監督に転任し、引き続き幼児の「野球教室」を行っているが、同じ『ネタ』で続けて選ばれることはないだろう。どんな「徳目」が、21世紀枠の選考委員の目に留まるかは予想できない。

 

 高校野球の現場からはかねて、「秋季大会の結果を最重要視する、とはっきり決めてくれたほうがよい」という声が上がっていたが、最近は「春の甲子園は必要なのか?」という声も聞かれるようになった。

 

 夏の甲子園が終わると、すぐに新チームによる秋の大会が始まる。これに負ければ春の甲子園には出場できないから、選手の見極めをする時間はほとんどない。このために、なったばかりの新チームのエースが秋季大会で無理をして、故障するケースも見られる。

 

春の甲子園」を続ける意味は? 

 

 「本当は、秋から冬にかけては、選手にじっくりトレーニングをさせて、来年に備えさせるほうがいい。秋季大会はあってもいいけど“絶対に負けられない戦い”ではなくて、新チームの“力試し”みたいなほうがいいんだけどね」という指導者もいる。

 

また、夏の甲子園の予選である地方大会が、過酷なスケジュールであることを問題視して、「春の甲子園をやめて、4月頃から夏の甲子園の予選を、毎週土日限定でやればいいんだ。1週間開ければ投手の酷使もなくなるし、選手も余裕をもって試合に臨むことができる」と言う関係者もいる。

 

 このほか「春の大会はリーグ戦でやってはどうか」とか、「公立高校だけの大会にしてはどうか?」など、さまざまな意見も出ている。

 

 スポーツイベントとしてみれば、全国的な人気がある甲子園の高校野球を年に2回行うことは、興行面で大きなメリットがある。またメディアにとっても大きなコンテンツだ。

 

 しかしそれらは「大人の事情」だ。ここまで無理をして「夏とは違う春の甲子園」を続ける必要があるのか? 「春の甲子園」に確固とした存在意義を求めるならば、今の時勢に対応した形で、新たなスタイルの模索が必要だ。