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高校野球あれこれ 第98号

センバツ2023】涙の大阪桐蔭…西谷監督は“負け直後の円陣”で何を語った? エース前田悠伍が挙げた敗因と「打てないチーム」と思えないポテンシャル

 

2023年のセンバツは山梨学院の県勢初優勝で幕を閉じた。その中で甲子園優勝経験のある名門校も“夏に繋がる”様々な試みにトライしていた。その戦いぶりを振り返る。

 

高校野球が終わったわけではない。それでも、何人もの選手が涙を拭っていた。勝って当たり前の重圧なのか、自分たちへの不甲斐なさなのか、涙腺をコントロールできなかった。

 

 春連覇を狙った大阪桐蔭が5点差をひっくり返されて、報徳学園に敗れた。相手校の校歌を聞き、アルプスへの挨拶を済ませた直後、西谷浩一監督は立ち止まり選手を集めて円陣を組む。異例の光景だった。

 

「泣いている選手もいたので、強いチームになって、もう一度甲子園に帰ってきて今度は優勝しようと話しました。あの場所が一番伝わると思いました。終わりではなく、夏に向けたスタートなので」

 

「自分たちは打てないチーム」と話していたが

 昨年のセンバツを制した選手たちが繰り返していた言葉がある。「自分たちは力がない」。DeNAにドラフト1位で指名された松尾汐恩捕手を擁していたものの、先輩たちと比べて力が劣っていると感じていた。

 

 だが、昨年のチームは近江とのセンバツ決勝で4本のホームランを放つなど18得点。準々決勝から3試合連続で2ケタ得点を奪い、不戦勝を除く4試合で51得点を記録している。「力がない」という言葉が皮肉に聞こえるほどの得点力だった。

 

 今年のチームも、選手たちが口をそろえる言葉がある。「自分たちは打てないチーム」。今大会は4試合で115打数27安打とチーム打率.235。長打はホームラン1本を含む6本だけだった。

 

 たしかに歴代の大阪桐蔭打線と比較すると、現時点では迫力に欠けるかもしれない。ただ、ヒットだけが点を取る方法ではないと聖地で証明した。3回戦の能代松陽戦はスリーバントスクイズの1点を守り抜き、2安打で勝利。報徳学園との準決勝でも、相手の隙を逃さなかった。

 

 両チーム無得点の3回。2つの四球と2つのワイルドピッチなどで2アウト二、三塁とチャンスをつくり、3番・徳丸快晴選手が三遊間を破るヒットを放つ。報徳学園のレフトはワンバウンドでホームへ送球。2アウトだったため、二塁ランナーが三塁を回っていてもおかしくない場面だが、大阪桐蔭の三塁コーチャー笹井知哉選手は打球スピードと相手の守備位置から、レフトが捕球する前に二塁ランナーの山田太成選手にストップをかけていた。

 

そつのない野球はしっかりと体現していた

 さらに、四球と死球で1点を追加して、なおも2アウト満塁。6番・長澤元選手がライト前へ運ぶと、今度は笹井選手がコーチャーズボックスで両手を大きく回し、三塁ランナーに続いて二塁ランナーも生還した。7番・村本勇海選手もタイムリーを放ち、打者10人で一挙5得点。3本のシングルヒットで、ビッグイニングをつくった。

 

 今大会、相手守備の補殺でチャンスを潰し、試合の流れを失ったチームは少なくない。2アウト二塁の場面は1本のヒットでホームへ還るという意識が強すぎ、明らかに無理なタイミングでも手を回す三塁コーチャーもいた。大阪桐蔭の3回の攻撃はコーチャーの正確な判断がなければ、1点で止まっていた可能性が高い。

 

 四球が攻撃のチャンスにつながると分かっているからこそ、大阪桐蔭の投手陣は簡単に出塁を許さなかった。今大会の4試合で与えた四球は、わずか3つ。攻撃では少ないチャンスを得点につなげ、守備では無駄なランナーを出さない。そつのない野球を体現した。

 

「追加点が取れなかったことが一番の敗因」

 報徳学園に敗れた最大の要因は、4回以降に加点できなかったことにある。西谷監督は「5点取った後、追加点を取れるような攻撃をさせてあげられませんでした。勝たないといけない試合でした」と振り返った。エースで主将の前田悠伍投手も「追加点が取れなかったことが一番の敗因だと思っています」と話した。

 

 4回以降も何度かランナーを出した。歴代の大阪桐蔭よりも怖さを感じなかった部分を挙げれば、長打力以上に走塁。報徳学園の守備はプロ注目の強肩、堀柊那捕手が扇の要に座るとはいえ、盗塁やエンドランといった仕掛けや相手の隙を突く走塁は影を潜めた。

 

“攻める守備”が出ていれば

 そして、もう1つの課題は守備。打力のイメージが強い大阪桐蔭だが、守備で相手に圧力をかける伝統がある。強烈な打球も軽々とグラブに収め、追いつけないと思った打球も余裕を持ってアウトにする。打者にヒットゾーンを狭く感じさせる「攻める守備」を武器としている。

 

 報徳学園戦ではエラーは1つもなかったが、球際の強さが感じられない守備が目立った。仮定の話をしても仕方はないが、記録はヒットになった打球をアウトにできていれば、結果は違っていたかもしれない。

 

 短期間で何試合も勝ち抜かなければ頂点には立てない甲子園では、相手の戦意を喪失させるような展開や序盤で大量リードする試合を1試合でも多くつくったチームが優位になる。エースを温存できるためだ。

 

 この試合、大阪桐蔭はエースの前田投手を7回途中に投入した。1点差に迫られて、なおもノーアウト一、三塁と厳しい場面だった。最初の打者にタイムリーを許して同点とされ、8回には2点を失った。2日前の東海大菅生戦で134球を投げた疲労は抜けていなかった。前田投手には珍しい明らかなボール球もあり、直球も変化球も思うようなところへコントロールできなかった。

 

エース前田が語った「成長できるチャンス」

 目標に掲げていた春連覇は成し遂げられなかった。しかし、前田投手に悲壮感はない。試合後、真っすぐ前を向き取材に応じていた。

 

「悪い流れを止めるのがエース。自分には実力が足りていませんでした。でも、まだ終わっていません。夏に向けて自分自身もチームも成長できるチャンスだと思っています」

 

 大阪桐蔭センバツは終わった。同時に、夏の甲子園で頂点に立つスタートを切った。「自分たちは打てないチーム」。その言葉は、打てるチームになる可能性を秘めている。